2008年01月20日

シリア紀行:ダマスカスK ウマイヤド・モスク その2

モスクの入口に入ると、金のモザイクの天井があります。
ウマイヤド・モスク(金のモザイクの天井).jpg

入口には4つの塔があり、これはオリジナルのもので、下のタイルは19世紀のものです。
中に入ると、60年前のアラビア風のステンドグラスがあり、窓は44枚あります。
大理石の柱は重さ8tあり、キリスト教会の影響でたくさん柱があります。
ウマイヤド・モスク(アラビア風のステンドグラス).jpg

中央には、ミーマと呼ばれている説教壇があります。
ウマイヤド・モスク(中央にミーマ).jpg

8世紀に行われた初めての修復作業中に、グリーンの塔から洗礼者ヨハネの頭の骨が発見されました。
体は聖地エルサレムにあります。
ウマイヤド・モスク(グリーンの塔).jpg

人が多くいて分かりづらいかもしれませんが、キリスト教会の洗礼の時に使用していた洗礼盤(井戸)の跡があります。
ウマイヤド・モスク(井戸).jpg


次の国は・・・

2008年01月19日

シリア紀行:ダマスカスJ ウマイヤド・モスク その1

サラディーン廟の見学が終わったら、靴を脱いでウマイヤド・モスクの中庭に入ります。

世界で4番目に大きなモスクで、毎日1万人の職人が10年間かけて造りました。
中近東から労働者を集めて、当時のお金で1100万バールかかりました。
モスクを正面にして、左がキリストの塔、右がカイトベイ、後ろが花嫁の塔というように、3つのミナレットを見ることができます。
柱に棒がついているのが、日時計です。
ウマイヤド・モスク.jpg ウマイヤド・モスク(花嫁の塔).jpg

緑色をしている宝の塔は9世紀のもので、コーランやお金が収められていました。
ウマイヤド・モスク(宝の塔).jpg

2008年01月18日

シリア紀行:ダマスカスI サラディーン廟

ウマイヤド・モスクに隣接しているサラディーン廟は、建物内部が撮影禁止となっています。

サラディーンは1134年にイラクのタクルードで生まれましたが、両親はクルド人でした。
イスラムの解放者として十字軍と戦い、人道的な指導者として敵にも英雄としてあがめられました。
町の中にサラディーンの騎馬像がありますので、記念写真を撮ることができます。
サラディーンの騎馬像.jpg

建物の入口を入り、右のくるみの木の棺の中にサラディーンが眠っています。
左にある大理石の棺は、ドイツ皇帝から送られたもので、棺の上にある緑の布の玉の位置が頭の方向になります。
門の近くにはプールがありますが、ここに昔学校がありました。
現在は、別の場所へ移動しています。
サラディーン廟.jpg

2008年01月17日

シリア紀行:ダマスカスH ジュピター神殿の跡

ウマイヤド・モスクに入る前に、女性はアバヤと呼ばれているグレーのフード付の長いコートのようなものを着用しなければいけないのですが、その姿はまるでねずみ男です。
記念写真はお忘れなく・・・。

モスクの前にはジュピター神殿の跡があり、三角のアーチが門です。
モスクがある場所は、紀元前9世紀アラム人が信仰するハダット神を祭る神殿があり、ローマ時代にはジュピターを祭る330m×331mという大きな神殿となりました。
ジュピター神殿の跡.jpg

2008年01月16日

シリア紀行:ダマスカスG カシオン山

カシオン山へ向かう途中には、迎賓館や、無名戦士の墓、ロシア人が設計した家が多い新市街を通ります。
標高1155m、カシオン山の西と東に町が広がっています。
カシオン山からの眺め1.jpg カシオン山からの眺め2.jpg

ガイドブックによっては、人類最初の殺人が起こった場所と書かれています。
旧約聖書の創世記に出てくる、カインとアベルの話で、嫉妬心から兄カインが弟アベルを殺してしまったという場面のことです。

2008年01月15日

シリア紀行:ダマスカスF 考古学博物館

シリア全土から発掘された古代遺跡からの出土品が展示されているので、数も膨大です。
ツアーでは約2時間の見学時間が設定されていると思いますが、全部は見ることができません。
中庭にある石像は、すべてオリジナルです。
考古学博物館(オリジナルの石像).jpg

博物館の入口は、ウマイヤ朝カリフの砂漠の城で、西の宮殿を持ってきたものです。
考古学博物館(入口)1.jpg

持ってきた当時は5万個のピースになっていましたが、このように再現されました。
これらは、石灰岩を焼いたものです。
考古学博物館(入口)2.jpg

この博物館で一番有名なもので、重要なものの1つがあります。
それはウガリットで発見された、世界最古のアルファベットです。
そこには、楔形文字30語が書かれています。
建物内はNo Photoのため、資料を掲載しています。
考古学博物館(世界最古のアルファベット).jpg

これも資料を掲載していますが、シリアの古代文字です。
確約できませんが、ツアーによっては、この絵葉書は現地でもらえるかもしれません。
興味があってぜひ欲しい方は、現地ガイドやTCに手に入るか聞いてみて下さい。
シリアの古代文字.jpg

2008年01月14日

シリア紀行:ダマスカスE テキーヤ・スライマニー・エ・モスク

テキーヤとは「貧しい」という意味で、トルコのモスクに似ています。
1555年、建築家シエナパシャンによって建てられました。
モスク周辺には神学校、兵舎、台所などがあり、巡礼に訪れた人達に食べ物を施していました。
テキーア・スライマニー・エー・モスク1.jpg

モスクの目の前には、戦闘機もあります。
テキーア・スライマニー・エー・モスク2.jpg

モスクの近くにはスークもあり、ここでは手工芸品や金銀細工などが売られています。
スーク(テキーア・スライマニー・エ・モスクの近く).jpg

2008年01月13日

シリア紀行:ダマスカスD スーク

ウマイヤド・モスクの門の外からは、スークになっています。
モスクの西側には、長さ600m、お店約700軒が入っている300年の歴史があるハメディヤスークがあります。
モスクの目の前にありますので、モスクの観光後に訪れるでしょう。
スークの入口は、遺跡のようです。
スーク(入口).jpg

ダマスカスで1番人気があるアイスクリーム屋「Bakdash」もあります。
ダマスカスで1番人気のあるアイスクリーム屋.jpg

2008年01月12日

シリア紀行:ダマスカスC 聖アナニア教会

アナニアは最初にシリアでキリスト教徒になった人で、ここが住居の場所です。
アナニアは、キリスト教徒を迫害するためにダマスカスに送られたパウロに、キリスト教を説いた聖人です。
ここは発掘されて100年がたちましたが、アナニアの住居は地下にあります。
聖アナニア教会.jpg

中に入ると、ダマスカス旧市街地図があります。
聖アナニア教会(ダマスカス旧市街地図).jpg

キリストの使徒として伝道を行ったパウロのエピソードが、30枚の絵となって壁にあります。
聖アナニア教会(30枚の絵).jpg

礼拝堂は撮影禁止のため、絵葉書を掲載しています。
当時キリスト教徒は迫害されていたので、地下にあります。
聖アナニア教会(礼拝堂).jpg

2008年01月11日

シリア紀行:ダマスカスB 聖パウロ教会

新約聖書に出てくる話で、キリスト教に改宗したパウロが、ユダヤ教徒から逃げるために、ダマスカスから脱出する場面の場所です。
話ではパウロの門ですが、現在は1925年に完成した教会になっています。
実際の舞台は、東門付近と言われています。
聖パウロ教会の門.jpg

2008年01月10日

シリア紀行:ダマスカスA 東門

周囲4.5kmの城壁にあるオリジナルで残っている門で、城壁には7つの門があります。
ツアーではこの門から旧市街に入り、1.5km続くストレートストリートを進みます。
ローマ時代はデクマノスと呼ばれていて、列柱通りでした。
東門.jpg

旧市街を通るわけですが、旧市街の東側はキリスト教徒が住む一角です。
ここのキリスト教徒は、人口の約14%を占めているそうです。
旧市街(ダマスカス).jpg

2008年01月09日

シリア紀行:ダマスカス@ シャーム・パレス・ダマスカス

市内から約30分の場所にダマスカス国際空港があるので、周遊ツアーによってはダマスカスから出国することもあります。

また、トルコへ行くことができる列車の駅ヒジャーズ駅は、現在修理中で将来駅が地下になる予定です。

シリアの首都で、旧約聖書が書かれた時代から存在している最古の都市の1つです。
ダマスカスを別名「シャーム」と呼ぶことがあり、これは旧約聖書に出てくるノアの次男ハムの国に由来していて、その名前を用いているホテルもあります。
ツアーでも、シリア国内で「シャーム・パレス・・・」という名前のホテルを利用することもあります。
ツアーによっては、都市が変わっても「シャーム・パレス」系列のホテルにすべて宿泊することもあります。

シャーム・パレス・ダマスカス ★★★★★
新市街の中心にあるので、ツアーによってはここに宿泊することがあります。
ロビーや建物の外観が1枚になっているので、資料の写真を掲載しました。
シャーム・パレス.jpg

お部屋からは、市内観光でも訪れるカシオン山を見ることもできます。
シャーム・パレスよりカシオン山を見る.jpg

2008年01月08日

シリア紀行:パルミラN アラブ城

全景写真を撮るには、少し離れた場所から望遠で撮りましょう。
アラブ城1.jpg

12世紀の城塞で、十字軍に備えて建てられたものです。
実際には、十字軍に攻められることはありませんでした。
アラブ城2.jpg

もし天気に恵まれれば、ここは夕日を眺めるにはとても良い場所です。
アラブ城からの眺め.jpg

2008年01月07日

シリア紀行:パルミラM 考古学博物館

内部はNo Photoです。
ここに展示されているショーケースは、日本から寄贈されたものです。

見学できる代表的なものをいくつかご紹介しておきます。
ベル神殿の模型、パルミラ数字とアルファベット、パルミラ人が着ていたシルクの衣服などがあります。
珍しいものとしては、世界に3個しかないゼノビアの女王のコインがあり、旧100£紙幣のデザインにもなっていました。
2階には、エラベル墳墓で発見されたミイラがあります。
パルミラ考古学博物館.jpg

2008年01月06日

シリア紀行:パルミラL 四面門(テトラパイモン)

オリジナルは1本のみ(写真の右側手前の右)しか残っていませんが、高さ15m、1辺18mあり、台座の上には彫像がありました。
エジプトのアスワンから運んできた花崗岩を使用しています。
四面門.jpg

この近くには、奈良の大学が発掘した1〜2世紀の土管が置かれています。
1〜2世紀の土管.jpg

2008年01月05日

シリア紀行:パルミラK 元老院跡、アゴラ

元老院跡
ここでは、会議が行われていました。
元老院跡.jpg

アゴラ
商業取引が行われていた場所で、入口が7ヶ所あり、商品によって出入り口が違っていました。
ここでは、奴隷の取引もありました。
アゴラ.jpg

2008年01月04日

シリア紀行:パルミラJ ローマ劇場

1956年に発掘された、2000人収容の円形劇場で、舞台の幅は48mあります。
当時パルミラの人口は3万人だったということですから、規模が小さな劇場ということになります。

学者がこの矛盾点を調べようとしましたが、今のところはっきりとした答えが出ていません。
推測という学者の答えでは、石の椅子の上に木を置いていたのではないかということです。
ローマ劇場.jpg

2008年01月03日

シリア紀行:パルミラI ゼノビアの浴場

エジプトのアスワンから運んできた花崗岩でできています。

ここには、温度が違うお湯のお風呂がたくさんあり、図書館やサウナなどもありました。
温度を保つために、プールのような形にレンガを使用しています。
レンガをつけるための接着剤として、砂、土、卵、植物などを使用していました。
ゼノビアの浴場.jpg

2008年01月02日

シリア紀行:パルミラH ナボ神殿

1世紀のもので、神殿が台形という変わったものです。
ドーリア式の柱の上には、コリント様式の飾りがついています。

神殿の入口は、列柱通りに面している場所にはありません。
幅11mの通りがあり、そして6mの幅のお店があり、そのお店の裏に神殿があるという位置関係です。
ナボ神殿.jpg

2008年01月01日

シリア紀行:パルミラG 記念門、列柱通り

記念門(ハドリアヌスの門)
柱の途中にある台座には、彫像が立っていました。
記念門.jpg

列柱通り
127年、ローマ皇帝ハドリアヌスが訪れたのを記念して造られたものです。
ハドリアヌスの門から左右に350本、幅11m、長さ1200mも続いています。
列柱通り1.jpg

この通りの両側には公共の建物がありますので、この後いろいろな場所を見学して歩く際に、どの角度から写真を撮っても列柱通りが一緒に入ることが多いです。
列柱通り2.jpg

柱をよく見ると、台座には彫像が立っています。
記念門に向かって、通りの右側には水路、左側には下水路がありました。
公衆トイレが200mおきに男女別にあり、汚水が地下の下水に直接入るシステムになっています。
トイレ.jpg

柱と壁の間は6mあり、ここにはお店がありました。
お店の跡.jpg

2007年12月31日

シリア紀行:パルミラF ベル神殿 その2

本殿は、高僧しか入ることができませんでした。
正面の入口には昔、木のドアがありました。
現在は上ることはできませんが、僧侶が螺旋階段を上り、屋根で松明をつけていました。
ベル神殿(本殿).jpg

入口の右側には、大きなレリーフが転がっています。
これは、本殿の入口の上にあったものが落ちたものです。
ベル神殿(本殿の門の上にあったレリーフ).jpg

入口を入って、左右に2つの祭壇があります。
右は3人の神様(ベル神、太陽の神、月の神)が祭られ、キリスト教会が使用していました。
ここには、このような壁画が残っています。
ベル神殿(キリスト教会の壁画).jpg

左は67人の神様が祭られ、イスラム教が倉庫をして使用していました。
ここには、星座を表す壁画が残っています。
ベル神殿(イスラム教の星座を表す壁画).jpg

ベル神殿の壁の間からはアラブ城が見え、本殿の裏側にはナツメヤシのオアシスがあります。
ベル神殿からアラブ城を見る.jpg

2007年12月30日

シリア紀行:パルミラE ベル神殿 その1

パルミラの最高神ベルを祭っている神殿で、32年4月7日に建造されました。
横205m×縦210mの大きな神殿で、入口を入って右奥に本殿があります。
ベル神殿1.jpg

周囲を壁に囲まれ、屋根つきの回廊がありましたが、現在は列柱として残っています。
ベル神殿2.jpg

神殿の内側は柱が2重になっていて、台座の上には女神像があります。
ここでは毎年4月に祭りが開かれ、牛やヤギ、羊など70頭の動物が生贄となっていました。
パルミラでは、「7」という数字は、特別な数字になっています。
7年ごとに、パルミラで1番美しい女性が生贄になっていました。
列柱の下にあるアーチ部分は、生贄となる動物の入場口です。
ベル神殿(生贄用の動物の入口).jpg

これは生贄台で、手前の小さな穴は血が流れる場所になっています。
ベル神殿(生贄台).jpg

2007年12月29日

シリア紀行:パルミラD 地下墳墓(3人兄弟の墓)

内部はNo Photoです。
Tの字型をした地下墳墓で、1936年に発見されました。
日本の考古学隊が、地下墳墓を発掘しています。
普通カギがかかっていて、考古学博物館で借りるシステムになっています。

入口にある石のドアはオリジナルで、重さ1.5tあり、パルミラ文字が書かれています。
入口の階段の両脇には、子供用の小さな棺用穴があります。
入口を入って右側には、3人兄弟マラ、サリ、ナムと書かれた石棺があります。
ここの地下墳墓は、一部の場所で他人に貸し出しをしていました。
塔墳墓よりは狭いのですが、たくさん貸し出しをしていました。
ここでの埋葬方法は、ミイラにしてから埋葬されたのですが、手前は頭、奥を足にして、横向きに保管していました。
スペースを上手に利用するため、5つの棺が縦に入るようになっています。

入口を入って正面には、ギリシャ神話のアキレスのフレスコ画があります。
ちなみにアキレスは、女装の格好をさせられて育ちました。
この壁画の意味は、「死は誰からも免れない」というものです。
地下墳墓(入口).jpg

2007年12月28日

シリア紀行:パルミラC エラベル墳墓

地上4階、地下1階建ての、エラベル家の塔墳墓で、地下部分は使用人のお墓になっています。
このような塔墳墓は、パルミラに110ヶ所以上もあります。
入口は昔石の扉でしたが、現在は鉄の扉になっています。
そして、昔は上まで上ることができましたが、現在はできません。
エラベル墳墓.jpg

マンションのようなお墓で、石棺を棚のような場所に並べて保管していました。
石棺を横にして、きちんと固定されるような造りになっています。
全部で約250体の遺体が置かれ、石棺のふたには顔のレリーフが飾られていました。
ここから5体のミイラが発見されて、考古学博物館に展示されています。
エラベル塔墳(内部).jpg

天井は1900年のもので、植物や動物の内臓からできた顔料を使用しています。
エラベル墳墓(天井).jpg

2007年12月27日

シリア紀行:パルミラB パルミラ・ゲート

ツアーによっては、ここでランチをすることがあります。
ここでは、お祭りの時に食べられるアラブ料理マンサフを食べることができます。
パルミラ・ゲート(マンサフ).jpg

レストランの隣には、ベドウィンのテントがあります。
ベドウィンのテント.jpg

2007年12月26日

シリア紀行:パルミラA パルミラ・シャーム・パレス

パルミラ・シャーム・パレス ★★★★★
エフカの泉の近くにあり、ホテルからも観光名所がたくさんよく見えます。
ちなみにエフカの泉は紀元前7世紀のものですが、現在は別の場所から湧き出ています。
エフカの泉.jpg

左の写真が列柱通り、右の写真がエラベル墳墓アラブ城です。
シャーム・パレスからの眺め(列柱通り).jpg シャーム・パレスからの眺め(左がエラベル墳墓、右がアラブ城).jpg

ツアースケジュールにもよりますが、午前中遺跡の観光をし、ランチをしてホテルのお部屋でお昼寝タイムをとり、また夕方にアラブ城の観光をすることもあります。

2007年12月25日

シリア紀行:パルミラ@ アクセス

シリア第3の都市ホムスからは約2時間、マアルーラからは約3.5時間、55万本のナツメヤシが茂るオアシスにあります。
マアルーラからは移動時間が長いので、途中BACDAD CAFÉでトイレ休憩をします。
ここからイラクとの国境まで152km、バグダッドまで800kmあります。
BACDAD CAFE(トイレ休憩).jpg

パルミラは海抜450m、ナツメヤシと綿花で有名です。
ギリシャ語でナツメヤシを表す「パルマ」が、パルミラの語源とも言われています。

2007年12月24日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエF 城 その5

昨日に引き続き、見学順序に沿ってご紹介していきます。


礼拝堂
床は12世紀のオリジナルで、天井はゴシック様式で、一番保存状態が良いものです。
礼拝堂として使用されましたが、後にモスクとして使用されました。
クラック・ド・シュバリエ(礼拝堂).jpg

ここにある柱にはアラビア語の文字がありますが、フランス語で翻訳されています。
内容は「富と知恵と利をもたなければいけない。あまり高ぶってはいけない。そうすると皆が死んでしまう」と書かれています。


円卓の跡
最終的には、イスラム教徒に占拠されました。
クラック・ド・シュバリエ(円卓の跡).jpg

2007年12月23日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエE 城 その4

昨日に引き続き、見学順序に沿ってご紹介していきます。


食物貯蔵庫
ここで、油や小麦などを貯蔵していました。
穴を掘って、フタができるように壺を入れていました。
4000人の兵士がいても、2年分の食料を貯蔵できました。
水がめの貯水槽もあり、一番深いものは25mありました。
クラック・ド・シュバリエ(食物貯蔵庫).jpg


兵舎
中央に長いテーブルがあり、多い時には約4000人もいました。
クラック・ド・シュバリエ(食堂と居間).jpg

奥には牢屋もありました。
クラック・ド・シュバリエ(食堂と居間)2.jpg

天井はゴシック様式で、会議や裁判などが行われていました。
1936年に修復した際、下は貯水槽になっていましたが、その時に骨が発見されました。


かまどの跡
ここにパンを焼いた釜がありました。
クラック・ド・シュバリエ(かまどの跡).jpg


トイレの跡
クラック・ド・シュバリエ(トイレの跡).jpg

2007年12月22日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエD 城 その3

昨日に引き続き、見学順序に沿ってご紹介していきます。


外側の城壁の上からの眺め
天気が良ければ、ここから地中海も見ることができます。
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁から内側の城壁を見る)3.jpg クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁からの眺め)2.jpg

四角い建物はハーレムで、アラブの女性達がいました。
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁からの眺め、四角はハーレム).jpg

1936年に修復したというプレートが床にあります。
クラック・ド・シュバリエ(1936年に修復した記念のプレート).jpg


外側の城壁から内側の城壁の中へ移動・・・
内側の城壁には3ヶ所入口があり、跳ね橋がかかっていました。
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁から内側の城壁を見る)3.jpg

2007年12月21日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエC 城 その2

昨日に引き続き、見学順序に沿ってご紹介していきます。


第2の馬小屋
奥行65m、幅15mあり、壁には馬の手綱をつないでおく穴があります。
ここに馬が400頭いました。
これはオスマントルコ時代に2階を造ったのですが、その時の梁の跡で、秘密の通路がありました。
クラック・ド・シュバリエ(第2の馬小屋の壁).jpg


外側の城壁から内側の城壁を見ながら移動・・・
内側に丸い塔が5ヶ所、外側に30ヶ所ありました。
攻め込んだ場所には、穴が開いています。
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁から内側の城壁を見る)2.jpg


兵士の部屋
クラック・ド・シュバリエ(兵士の部屋).jpg


アラブ文字が書かれた柱
この柱の中にも螺旋階段があり、秘密の通路になっていました。
クラック・ド・シュバリエ(アラブ文字が書かれた柱).jpg


トイレの外側
クラック・ド・シュバリエ(トイレの外側).jpg

2007年12月20日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエB 城 その1

到着すると、昔7ヶ所あった門のうちの1つが入口になっているので、門を通ります。
門を入るとすぐに階段がありますが、明かりがあっても薄暗いので足元には注意しましょう。
見学順序どおりに見るものを、簡単にご紹介していきます。

第一の馬小屋
ここには縦20m、横40m、21ヶ所貯水槽がありました。
クラック・ド・シュバリエ(第1の馬小屋).jpg


昔の雨どい
クラック・ド・シュバリエ(昔の雨どい).jpg


十字軍のお風呂
抜け道もありました。
クラック・ド・シュバリエ(十字軍のお風呂).jpg


外側の城壁から内側の城壁を見ながら移動・・・
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁から内側の城壁を見る)1.jpg


移動中に見る、外側の城壁からの眺め
クラック・ド・シュバリエ(外側の城壁からの眺め)1.jpg

2007年12月19日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエA アル・カラ

長時間移動して到着したら、まずトイレに案内されます。
観光も長時間になりますので、案内されたら必ず行きましょう。
ランチは観光終了後になりますので、ランチは13:30過ぎになってしまうでしょう。
ツアーにもよりますが、近くにあるレストラン「アル・カラ」を利用することがあります。
レストラン「アル・カラ」.jpg

ここにいるウエイターの1人が、かなり特徴のある方ですので、印象に残ると思います。
もしここでランチの予定がある場合は、どのような方なのか楽しみにしておくのもいいかもしれません。
従業員だけではなく、サラダも変わっています。
サラダに使われる野菜ですが、トマトやピーマン、ニンジン、玉ねぎなどが、カットされずにそのままの状態でお皿にのってきます。
自分で切って、必要ならば皮をむいて・・・ということなのでしょう。

レストランからは、お城の全景写真をきれいに撮ることができます。
レストラン「アル・カラ」から城の全景を見る.jpg

2007年12月18日

シリア紀行:クラック・ド・シュバリエ@ アクセス

アレッポから約3時間、ダマスカスから約2.5時間の場所にある、十字軍最大のお城です。
ツアーにもよりますが、アレッポからダマスカスへ移動する途中に観光することになりますので、アレッポを朝9時に出発しても、ダマスカス到着は17:30頃になってしまいます。

クラック・ド・シュバリエからダマスカスへ向かう途中には、シリア最高峰ヘルモン山(2842m)が見えます。
現地時間で夕方5時過ぎの写真なので分かりづらいですが、遠くにうっすらと見える山がヘルモン山です。
クラック・ド・シュバリエ→ダマスカス(シリア最高峰ヘルモン山).jpg

アレッポからクラック・ド・シュバリエへ向かう途中、クラック・ド・シュバリエに近付いてくると、このような景色になります。
お城が標高750mにあるので、どんどん上へ向かいます。
クラック・ド・シュバリエのパノラマ.jpg

2007年12月17日

シリア紀行:アレッポF キャラバンサライ

アレッポ城のすぐ近くにあるので、キャラバンサライからアレッポ城の全景写真を撮ることができます。
キャラバンサライからアレッポ城を見る.jpg

現在キャラバンサライは、スークになっています。

キャラバンサライのすぐ近くには、スークがあります。
36のセクションに分かれ、1700軒のお店が入っています。
スーク(アレッポ).jpg

どこの都市のスークでも香辛料や貴金属、布地などがありますが、ここではアレッポ名物のオリーブ石鹸を探してみてはいかがでしょうか?

2007年12月16日

シリア紀行:アレッポE アレッポ城 その4

お城の上には、王様のお風呂もあります。
王様はお風呂に入りながら、踊りを見たりお酒を飲んだりしていました。
アレッポ城(王様のお風呂).jpg

高温、中温、低温のお風呂もあったそうで、途中お茶を飲んだりサウナをしたりする、休憩所もありました。
アレッポ城(王様のお風呂の休憩所).jpg

王様の部屋へ向かう玄関も、とても立派です。
アレッポ城(王様の部屋の玄関).jpg

王様のお部屋は12〜13世紀のもので、中央にある噴水や床の大理石はオリジナルです。
アレッポ城(王様の部屋の噴水).jpg

また、天井の四角い飾りは、17世紀のダマスカスの住居にあるものを持ってきました。
アレッポ城(王様の部屋の天井)1.jpg アレッポ城(王様の部屋の天井)2.jpg

十字軍が攻めてきても、一度も敗れることはありませんでした。
しかしモンゴル軍が2度攻めてきて、一度は引き分けましたが、2度目は敗れてしまいました。
お城のお堀には、たくさんの死体で埋まってしまったと言われています。
アレッポ城のお堀.jpg

2007年12月15日

シリア紀行:アレッポD アレッポ城 その3

お城が丘の上にあるので、周囲の風景もよく見えます。
アレッポ城からの眺め.jpg

お城の上には、円形劇場もあります。
アレッポ城(円形劇場).jpg

そして、円形劇場の脇にはピスタチオの木があり、アレッポでは線香として利用されています。
葉を燃すと、線香の匂いがするそうです。
アレッポ城(円形劇場(ピスタチオの木)).jpg

円形劇場の後ろには馬小屋があり、馬小屋の下70mの場所に貯蔵庫がありました。

2007年12月14日

シリア紀行:アレッポC アレッポ城 その2

15世紀に戦争のやり方が変わり、階段がある通りの脇には屋根がある住居があり、ここに住むようになりました。
奥に見えるのは、13世紀のモスクです。
アレッポ城(13世紀のモスク)1.jpg

これは血の牢屋と呼ばれているビサンチン時代のもので、1936年に発掘した際に骨が発見されました。
アレッポ城(血の牢屋).jpg

また、貯蔵庫や貯水池もありますが、雨水が流れて貯水池に溜まり、この水をお風呂に使っていました。

先ほど奥に見ていた13世紀のモスクですが、高さ20mのミナレットがあり、70段の階段があります。
アレッポ城(13世紀のモスク)2.jpg

2007年12月13日

シリア紀行:アレッポB アレッポ城 その1

標高440mの丘の上にある、世界一大きなお城です。
外壁部分を入れると、8万平方km、内部は5万平方kmあります。
まだ発掘作業が続いていて、日本も参加しています。
アレッポ城.jpg

入口の塔から、跳ね橋がついていました。
入口の門の上には、12世紀のオリジナルで、力のシンボルであるヘビの模様があります。
アレッポ城(入口).jpg

先に進むと、敵が進入したときに、上から石を落としていた場所があります。
アレッポ城(敵が来たときに石が落とされる場所).jpg

鉄の扉はオリジナルです。
アレッポ城(オリジナルの鉄の扉).jpg

内部には、笑っているライオンと泣いているライオンがありますが、どちらもオリジナルです。
左が笑っているライオンで「勝利」、右が泣いているライオンで「敗戦」を意味しています。
アレッポ城(笑っているライオンと泣いているライオン).jpg

オリジナルの投石用の石が、部屋の隅に積まれています。
アレッポ城(投石用の丸い石).jpg

2007年12月12日

シリア紀行:アレッポA 考古学博物館

博物館の入口には、黒い玄武岩でできたアラット神とイシュタール神の像があります。
考古学博物館(アレッポ).jpg

外にある彫刻はコピーで、中にオリジナルが展示されています。
中には紀元前2000〜3000年の彫刻や土器、アクセサリー、石像、象牙などが展示されています。
ショーケースの一部には、土器の名前が日本語で書いてあります。
建物内部はNo Photoです。

2007年12月11日

シリア紀行:アレッポ@ アレッポ・シャーム・パレス

水車のあるハマから約2時間、シリア第2の都市で、昔から交通の要所として栄えてきました。

アレッポ・シャーム・パレス ★★★★★
きれいなホテル外観の写真がなかったので、ここでは資料を掲載しています。
最上階にはパノラマレストラン「ホテル22階」があり、時期によっては夕焼けを見ながら夕食を食べることができます。
アレッポ・シャーム・パレス.jpg

高層ホテルなので、お部屋からは朝日を眺めることもできます。
よく見ると、モスクのミナレットが写っているのですが、分かりますか?
アレッポ・シャーム・パレスからの眺め(朝日).jpg

2007年12月10日

シリア紀行:マアルーラA 聖セルジウス教会

ギリシア正教の教会で、建物内部はNo Photoです。
聖セルジウス教会.jpg

聖セルジウスはローマの兵士でしたが、キリスト教に改宗したため、迫害を受けて殉教しました。
本当の入口は低くて小さいもので、写真の女性の後ろにあるものです。
入口が小さい理由は、迫害を避けるためと動物が入ってこないようにするためです。
ちなみにこの女性は、説明をしてくれている教会の方です。
聖セルジウス教会(女性の後ろに本当の入口).jpg

主祭壇の上にはイコン画があり、2人の聖人がまつられています。
右がバッカス、左がセルジウスです。
もう一方には、聖母マリアに捧げる祭壇があります。
教会からの眺めは、このような風景です。
聖セルジウス教会からの眺め.jpg

2007年12月09日

シリア紀行:マアルーラ@ 聖テクラ教会

ダマスカスから約1時間、イエス・キリストが話していたアラム語が話されている町で、住民の大半がカトリック教徒です。

聖テクラ教会
ギリシア・カトリック教会で、建物内部はNo Photoです。
聖テクラ教会1.jpg

聖テクラはアンティオキアで生まれ、若い時に改宗してキリスト教徒になりました。
しかし父親がこれを許さず、娘を殺そうと軍隊に入れてしまいました。
マアルーラに着いたとき、彼女が神に祈りを捧げると、目の前にあった岩山が裂けて、道ができたために軍隊から逃げることができました。
彼女はこの岩山の洞窟に住み、ずっとここで祈りの生活をして亡くなりました。
聖テクラ教会2.jpg

もう1つの建物には2ヶ所入口があり、入口の向こう側はNo Photoです。
左の方にカーテンがあり、そこに棺があります。
聖テクラ教会3.jpg

2007年12月08日

シリア紀行:ハマ

パルミラからアレッポへ向かう際、途中ハマに寄ることがあります。

パルミラを出発して約2時間後に、シリア第3の都市であり、シリアで1番美人が多いと言われているホムスに到着します。
リン鉱石の精製所や石油精製所などがある商工業都市ですが、ツアーではトイレ休憩で訪れることになります。

ホムスから約50分でハマに到着しますが、ハマ到着約30分前には、蜂の巣のような変わった形の家を見ることができます。
これはベドウィンの家で、夏は涼しくて冬は暖かいというものです。
ハマの手前約30分前に見えるベドウィンの家.jpg

ハマはギリシャ人が使い始めた水車で有名な町で、現在16基残っています。
ツアーでは、2つの水車がある公園で写真ストップをすることになるでしょう。
水車1.jpg 水車2.jpg

2007年12月07日

シリア紀行:ボスラ

ヨルダンとセットになった周遊ツアーの場合、訪れる順序にもよりますが、ヨルダンのジェラシュを観光後に国境を越えて、シリア側の国境の町ダラーを抜けてボスラへ向かいます。

ツアーではボスラに宿泊せずに、ダマスカスまで移動してしまうことが多いでしょう。
ダラーからの所要時間は約45分、ダマスカスまでは約2時間です。
ボスラもヨルダンのジェラシュと同じように、デカポリスの1つだった都市です。
町全体が黒っぽく感じますが、これは玄武岩でできているものが多いからです。

ローマ劇場
中東で最大規模と言われている、十字軍からの攻撃に備えた12の塔で囲まれた要塞です。
中は暗いので、写真を撮ってもこのような感じになります。
ローマ劇場1.jpg

暗い階段を上がると、ローマ劇場全体を見ることができます。
ローマ劇場2.jpg

15000人収容ですが、出入り口は25ヶ所あるので、15分もあれば出入りができたそうです。
階段は35段あり、かなり傾斜がきついので、足元には注意しましょう。

舞台の壁の高さは25mあり、白い塔はジェラシュから運んできたものです。
音響効果が良いことで知られていて、多くの歌手がここで歌っているそうです。
日本の歌手がここで歌ったことがあるそうですが、現地ガイドが名前を思い出せないと言っていました・・・。

また、よく日本の観光地には、顔だけ出して記念写真を撮る看板がありますよね。
そのためにあるわけではないのですが、町の中で発掘されたオリジナルの石像があります。
頭の部分がないものがあるので、ここに顔を出して記念写真を撮ることもできます。

また、何年か前までここに人が住み着いていました。
世界遺産に登録されてから退去させられましたが、それでも現在でも数軒居残っているのが問題となっています。
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