2007年10月05日

ルーマニア紀行:ブカレストJ 国民の館 その5

昨日に引き続き、見学順路に沿ってご紹介します。


中心にあるホール
1250uもあり、大きなシャンデリアもあります。
国民の館(中心にあるホール)2.jpg

絨毯とタイルの模様が同じなので、ここにも注目してみましょう。
国民の館(中心にあるホール)1.jpg 国民の館(中心にあるホール)3.jpg

カーテンは、モトバの修道院の修道士が金と銀で作ったものです。
現在は、会議場とレセプションで使用されています。


統一ホール
広々としたホールで、天井までもかなり高い場所で、ドアの高さが8mもあります。
国民の館(統一ホール)2.jpg

部屋の隅に巻かれた状態で置かれている絨毯は4tあり、この建物の中では1番重いものです。
国民の館(統一ホール)1.jpg


ホールとホールをつなぐ通路
自然の光がないので、シャンデリアが多い場所です。
国民の館(ホールとホールをつなぐ通路).jpg


次の国は・・・

2007年10月04日

ルーマニア紀行:ブカレストI 国民の館 その4

昨日に引き続き、見学順路に沿ってご紹介します。


バルコニー
ここから見えるまっすぐの通りは、「ルーマニアのシャンセリゼ通り」と呼ばれている統一大通りです。
国民の館から統一広場まで続く約4kmの大通りで、通りの両脇にはチャウチェスク政権時代の政府要人らが住む予定だった豪華マンションがたくさん建っています。
国民の館(バルコニー)1.jpg

この通りには42の噴水があり、それはルーマニアの県を表しています。
ちなみに1番大きいのは、ブカレストとなっています。
国民の館(バルコニー)2.jpg

車窓からも写真を撮ることができますので、カメラの準備をしておきましょう。
統一大通り.jpg

マイケル・ジャクソンがここを訪れたとき、ここから「ハロー、ブカレスト」と言ったそうです。
バルコニーを出た後は、1番長いカーテンのある階段を下ります。

2007年10月03日

ルーマニア紀行:ブカレストH 国民の館 その3

昨日に引き続き、見学順路に沿ってご紹介します。


名誉ホール
長さ150m、幅18mあり、チャウチェスク大統領が気に入るまで、何度も造り直されました。
国民の館(名誉ホール).jpg


名誉ホールから2番目に大きいホールに向かう際、階段の途中には、この建物で1番長いカーテンがあります。
長さ18m、重さ1tもあります。
国民の館(この建物の中で1番長いカーテン).jpg

さらに壁に注目しているとポスターもありますが、よく見ると描かれています。
国民の館(ポスター).jpg


2番目に大きいホール
2400u、高さ19m、1200席もあり、トップレベルの会議場として使われる予定でした。
国民の館(2番目に大きいホール)1.jpg

内装も豪華で、柱はルーマニア様式です。
国民の館(2番目に大きいホール)2.jpg

2007年10月02日

ルーマニア紀行:ブカレストG 国民の館 その2

今日は、見学順路に沿って、主なものをご紹介します。

入口付近
入口と出口が同じ場所ですので、またここに戻ってきます。
国民の館(入口付近)1.jpg

廊下には、大きなタペストリーや彫像がたくさん置かれています。
国民の館(入口付近)2.jpg


会議場
600席ある劇場の予定でしたが、1度も使用されていません。
国民の館(会議場).jpg

ここには、5tの重さがあるクリスタル製のシャンデリアがあります。
国民の館(会議場の中にあるクリスタル製のシャンデリア).jpg


会議場から名誉ホールへ向かう際、プレスのホールを通ります。
国民の館(プレスのホール).jpg

そして、ペレシュ城のホールと似ている場所に出ます。
ここは400uあり、タペストリーは絹で、絨毯はルーマニア製です。
国民の館(ペレシュ城に似ているホール).jpg

2007年10月01日

ルーマニア紀行:ブカレストF 国民の館 その1

統一広場からは、このように全景写真を撮ることができます。
国民の館.jpg

この建物の建築費用は1500億円以上かかったため、国民は大変な税金と、食べ物の配給など強いられたとのことです。
部屋は3107室あり、この建物を造るために建築家700人が携わりました。

アメリカのワシントンD.C.にあるペンダゴンに次いで、世界第2位の面積があります。
また、体積ではエジプトのピラミッドより大きくて、世界第3位の規模があります。

建築中に革命が起こったので、現在は2院制の国会議事堂として使用されています。
つまり、故チャウチェスク大統領は、1日も使わずに失脚してしまったということです。
中に入る際、かなり高額なカメラ料がかかり、セキュリティチェックもあります。
明日からは、見学順路に沿って、主なものをご紹介します。

2007年09月30日

ルーマニア紀行:ブカレストE 凱旋門

1919年に第1次世界大戦の勝利を記念して建てられました。
昔は木製で漆喰が塗られていましたが、1930年に現在のような姿に変わりました。

市の中心部から離れた場所である、キセレフ通りにあります。
ツアーでは、帰国日にヘンリー・コアンダ国際空港へ向かう途中に、写真ストップで寄ることが多いと思います。
凱旋門(ブカレスト).jpg

2007年09月29日

ルーマニア紀行:ブカレストD 中央市場

ツアーの市内観光では訪れることが少なく、フリータイムの際にTCと一緒に訪れることもあるかもしれません。
野菜や果物などがたくさん売られている、庶民の生活を見ることができる場所です。

場所は、ブカレスト・ノルド駅革命広場の中間あたりにあります。
中央市場1.jpg 中央市場2.jpg

2007年09月28日

ルーマニア紀行:ブカレストC 大主教教会

統一広場の近くにあり、昔はルーマニアの国会議事堂として使用されていました。
大主教教会2.jpg

右側の建物がギリシア正教の教会、左側の建物が昔国会議事堂として使用されていた建物です。
大主教教会1.jpg

ギリシア正教の建物は3つの変わった形のドームがあり、観光のタイミングによっては大主教のミサ中にあたることもあります。
大主教教会(ギリシア正教の教会).jpg

敷地内には、15世紀の鐘楼もあります。
大主教教会(鐘楼).jpg

ギリシア正教の建物のすぐ右側にはこのような建物があり、写真右側の建物が大司教の住居です。
大主教教会(大司教の住居).jpg

2007年09月27日

ルーマニア紀行:ブカレストB 勝利通り

「HONMANITAS」と書かれている建物には、1989年12月の民主革命の際に受けたたくさんの銃弾の跡がはっきりと残っています。
修復作業はせず、現在もそのまま使用されています。

ツアーでは車窓観光となりますので、写真を撮る方は見逃さないようにしましょう。

旧共産党本部クレツレスク教会の間にある、道路に面した場所です。
勝利通り(銃弾跡が残っている住居).jpg

2007年09月26日

ルーマニア紀行:ブカレストA 革命広場

今日は、革命広場にあるものをご紹介します。

アテネの音楽堂
1989年12月の民主革命の舞台となった革命広場にあり、アテネ・パレス・ヒルトン★★★★★や旧共産党本部なども目の前にあります。
クラシックのコンサートが多く上演されています。
アテネの音楽堂.jpg


旧共産党本部
現在労働省と厚生省が使用している、立派な建物です。
1989年12月、故チャウチェスク大統領がバルコニーで最後の演説を行い、その後屋上からヘリコプターで逃亡しました。
旧共産党本部.jpg


秘密警察
もちろん外観からは秘密警察とは分からないような、立派な建物です。
秘密警察.jpg


共和国宮殿
現在は建物の一部が、国立美術館となっています。
1989年12月に革命広場で起こった民主革命によって、多くの絵画が消失してしまいました。
ツアーでは、外観の写真を撮るだけになります。
共和国宮殿.jpg


クレツレスク教会
革命広場にある18世紀のルーマニア正教の教会で、ツアーでは外観の写真を撮るだけになります。
前には、農民党の設立者コルネル・コボスの銅像があります。
クレツレスク教会.jpg




2007年09月25日

ルーマニア紀行:ブカレスト@ アテネ・パレス・ヒルトン

日本からは、ヨーロッパ内の都市で乗り継いで、ブカレスト・ヘンリー・コアンダ国際空港に到着します。
フライト時間にもよりますが、帰国時などの明るい時間帯のフライトの場合、機内からアドリア海を眺めることができます。
ブカレスト→ミラノ(アドリア海).jpg

別のルートとしては、スチャヴァ・ノルド駅からインターシティで移動して、ブカレスト・ノルド駅に到着します。

また、ツアーでは、ルーマニア音楽パンフルートを聞きながらの夕食ということもあります。

20世紀初めには「バルカンの小パリ」と呼ばれていましたが、旧共産党によって破壊されてしまい、ほとんど残っていません。
1989年12月に起こった民主革命によって、ブカレストにも資本主義が入ってきましたが、共産主義時代の面影も残っています。


アテネ・パレス・ヒルトン ★★★★★
ブカレストの最高級ホテルで、革命の時にかなり被害を受けましたが、修復も完了しています。
革命広場に面していて、アテネの音楽堂や旧共産党本部がすぐ近くにあります。
お部屋の場所にもよりますが、アテネの音楽堂が見えることもあります。
アテネ・パレス・ヒルトン.jpg

2007年09月24日

ルーマニア紀行:スチャヴァ

5つの修道院の見学後、ツアーによっては、スチャヴァ・ノルド駅からインターシティに乗って、ブカレスト・ノルド駅に向かうこともあります。
スチャヴァ・ノルド駅.jpg

所要時間は約5時間、その年によっても違うと思いますが、目安としてはスチャバを16:40頃出発し、ブカレスト到着が22:40頃ですので、車窓から夕暮れを見ることになります。
スチャヴァ→ブカレスト(インターシティ).jpg

そして、食堂車で夕食となります。
メニューはいろいろあると思いますが、デザートとしてこんな大きなアイスクリームが出てきました。
インターシティの食堂車(アイスクリーム).jpg

2007年09月23日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方E バマ村

5つの修道院の見学の際に、訪れる可能性がある村です。
ランチのタイミングもスケジュールによって違ってきますが、見学終了後にバマ村で食事をすることもあります。

ランチの後には一般家庭を訪れて、イースターエッグの絵付け体験をするツアーもあります。
イースター(復活祭)は、イエス・キリストが13日の金曜日に十字架に架けられましたが、3日後に復活したことを祝う祭りです。
国や地域によってイースターの習慣が違いますが、卵の殻に色づけをして飾ります。
デザインはいろいろありますが、それぞれ意味を持っています。
イースターエッグの絵付け.jpg

2007年09月22日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方D モルドヴィツァ修道院

1532年に完成した、黄色を基調とした修道院で、カメラ料がかかります。
モルトヴィツァ修道院.jpg

南側は『戦闘場面』で、中東と西欧が調和し、宗教、哲学、歴史、伝統を表しています。
モルトヴィツァ修道院の南側「戦闘場面」.jpg

教会内は5つの部屋に分かれていて、上には塔があり、そこには秘密の部屋があります。
中にカレンダーを表すフレスコ画がありますが、聖マリアが生まれた日ということで、9月1日から始まるカレンダーとなっています。

家の門や玄関に、菩提樹を飾る風習があります。
菩提樹は火の玉を表すことから、魔除けとして利用されています。
下の写真は内部にある菩提樹の枝ですが、現地ガイドから「急いで!No Flashで!」というお声があったため、撮ることができたものです。
この言葉がない限りは、個人の判断で写真を撮ってはいけません。
モルトヴィツァ修道院の中の菩提樹.jpg

2007年09月21日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方C スチェヴィツァ修道院

1586年に完成した、緑を基調とした修道院で、カメラ料がかかります。
スチェヴィツァ修道院.jpg

北側には『天国の梯子』があります。
30段の階段が有名で、天国へ行くためには全部上らないといけません。
また、1段1段が美徳を表していて、美徳を守らない人は地獄へ落ち、上まで到達することができた人は天国へ行くことができます。
スチェヴィツァ修道院の北側「天国の梯子」.jpg

東側は『聖人伝』で、天使の祈りを表しています。
上から天使、キリスト、預言者が描かれていて、みんな聖ヨハネに向いています。
スチェヴィツァ修道院の東側「聖人伝」.jpg

南側は『エッサイの樹』で、上から2段目の白い玉は地球を表しています。
ブラトンの頭の上に箱があり、箱の中には死体があります。
下は、モーゼの十戒を表しています。
スチェヴィツァ修道院の南側「エッサイの樹」.jpg

『最後の審判』は内部にありますが、内部は撮影禁止になっています。
内部に365枚のフレスコ画がありますが、これはカレンダーを表しています。


2007年09月20日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方B フモール修道院

1535年に完成した、赤を基調としている修道院で、カメラ料がかかります。
壁画は宮廷画家が描いたもので、お金持ちの貴族が造ったものです。
風化が激しいため、南側しか残っていません。
フモール修道院.jpg

南側には『聖マリアの祈り』が描かれています。
フモール修道院「聖マリアの祈り」1.jpg フモール修道院「聖マリアの祈り」2.jpg

2007年09月19日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方A ヴォロネッツ修道院

1488年に完成した、青を基調としている修道院で、カメラ料かかります。
内部は現在修復中で、内部のみ撮影禁止となっています。
ヴォロネッツ修道院.jpg

南側の『エッサイの樹』は、キリストの家系図を表しています。
ヴォロネッツ修道院の南側「エッサイの樹」.jpg

西側の『最後の審判』は真ん中が三位一体になっています。
1番上が星座になっていて、天国の門が開くということを意味しています。
また、これを見るだけでブコヴィナ地方を訪れる価値があるとも言われています。
ヴォロネッツ修道院の西側「最後の審判」.jpg

東側は『聖人伝』です。
ヴォロネッツ修道院の東側「聖人伝」.jpg

北側は、北風によって風化がかなり激しくなっているので、あまり残っていません。
ヴォロネッツ修道院の北側.jpg

2007年09月18日

ルーマニア紀行:ブコヴィナ地方@ カサ・エレナ

ウクライナに近いこの地方で有名なものといえば、5つの修道院があることです。
世界遺産にも登録されている、ルーマニア観光のハイライトとなっています。
通常ツアーでは、5つのうち3つを観光するとパンフレットに明記されていることが多いと思います。
時間に余裕があり、現地ガイドやドライバーのご好意で、もう1ヶ所追加で見学することもあるかもしれません。
アルボーレ修道院に関しては、風化が激しいからという現地ガイドの意見により、訪れることはあまりないと考えて良いでしょう。

ツアーによっては、ヴォロネッツで宿泊することもあります。
ヴォロネッツには、木組みのきれいなカサ・エレナがあります。
カサ・エレナ.jpg

お部屋からは、ホテルの敷地全景とその周辺を見渡すことができます。
カサ・エレナからの眺め.jpg

2007年09月17日

ルーマニア紀行:シギショアラD

昨日に引き続き、徒歩観光の続きをご紹介します。

拷問博物館
拷問で使用される道具がたくさん展示されています。
拷問博物館.jpg


中世武器博物館
ヴラド公にまつわる物がたくさん展示されています。
中世武器博物館.jpg


17世紀のパン屋
17世紀のパン屋.jpg

シギショアラの観光後、トゥルグ・ムレシュでランチ休憩をして、ヴォロネッツへ向かうツアーもあります。
トゥルグ・ムレシュはハンガリー人によって建設された町なので、ハンガリーのような雰囲気も見受けられます。
トゥルグ・ムレシュからヴォロネッツまでは、途中2ヶ所ぐらいトイレ休憩をすると思います。
途中、東カルパチア山脈を眺めながら移動していきます。

2007年09月16日

ルーマニア紀行:シギショアラC 学校通り

昨日に引き続き、徒歩観光の続きをご紹介します。

時計塔の展望台から見える、山の中腹に見えるものは、錫職人の塔です。
スズ職人の塔.jpg

山上教会の左側に見えるものは学校で、教会や学校を訪れるには、学校通りと呼ばれている木製の階段を上らないといけません。
ここは、フリータイムに訪れてみましょう。
1642年に建てられた175段の階段で、ライトがありません。
学校通り(175段の階段).jpg

階段を上ったところには、学校があります。
学校通り.jpg

2007年09月15日

ルーマニア紀行:シギショアラB 時計塔からの眺め

昨日に引き続き、時計塔についてご紹介します。

また、上には展望台があります。
展望台には、東京まで8890km、ブルガリアのソフィアまで408kmと書かれています。
時計塔の展望台.jpg

下を見ると、町並みを一望することができます。
時計塔からの眺め2.jpg

また、隣接する教会の向こう側には、ティルナヴァ・マーレ川が見えます。
時計塔からの眺め1.jpg

また、山上教会もきれいに見ることができます。
向かって右側の建物が山上教会で、この展望台からが写真スポットになっています。
時計塔からの眺め(右が山上教会).jpg

2007年09月14日

ルーマニア紀行:シギショアラA 時計塔

昨日に引き続き、徒歩観光の続きをご紹介します。

時計塔
ヴラド・ドラクルの家の脇にある、町のシンボルなっている建物です。
時計塔.jpg

14世紀に建てられましたが、1670年の大火で消失してしまい、現在の建物は再建されたものです。
時計塔の前では、ウエディングドレス姿を見かけることもできます。
時計塔の前.jpg

時計塔の中には入ることができますが、カメラ料がかかります。
建物の中は歴史博物館になっていて、シギショアラの町の模型や、薬局の間、ギルドの紹介などがあります。
時計塔(歴史博物館「薬局の間」).jpg 時計塔(歴史博物館「ギルドの紹介」).jpg

時計塔の上にはからくり時計がありますので、ぜひ見てみましょう。
時計塔(からくり時計).jpg

中から、このからくり時計のしかけを見ることができます。
時計塔(からくり時計のしかけ).jpg

2007年09月13日

ルーマニア紀行:シギショアラ@

ブラショフから約2〜2.5時間、世界遺産にも登録されている、ルーマニアで最も美しい中世の町並みが残っている町です。
ザクセン人が入植し、多くのドイツ系移民が住んでいたということが、観光をしていると見受けられます。
徒歩観光になりますので、必要なものはすべて持ってバスから降りましょう。

洋服屋の塔
洋服屋の塔.jpg


町で1番古い家
1576年に建てられた、シギショアラで1番古い家です。
1576年に建てられた1番古い家.jpg


ホテル・シギショアラ ★★★
ツアーでは、トイレ休憩で立ち寄らせてもらうと思います。


ヴラド・ドラクルの家
時計塔の手前にある、黄色の壁の建物です。
ハンガリー王によって4年間幽閉されていたヴラド・ドラクルの家で、彼の息子ヴラド・ツェペシュはドラキュラのモデルとなっています。
現在は、レストランとなっています。
ヴラド・ドラクルの家.jpg

2007年09月12日

ルーマニア紀行:シナイアBシナイア僧院

17世紀に建てられた僧院で、この町の由来にもなっています。

現在、ここには20人の僧が住んでいるそうです。
見学順序としては、ルーマニア様式のアーチに囲まれた中庭を見た後、旧教会、新教会となります。
シナイア僧院.jpg

2007年09月11日

ルーマニア紀行:シナイアA ペレシュ城の内部

今日は、内部の様子についてご紹介します。
内部は撮影禁止のため、資料の写真を掲載しています。

名誉ホール
建物のちょうど中央部分にあり、3階まで吹き抜けになっています。
2階部分のバルコニーと3階部分の間の壁には、18世紀のフランスのタペストリーが飾られています。
天井は自動開閉式で、天井の窓はステンドグラスで、ホールの壁はくるみの木を使用しています。
ペレシュ城(中央ホール).jpg

武器収集室
ドイツ・ネオ・ルネッサンス様式の部屋で、14〜18世紀の武器が4000以上も展示されています。
ペレシュ城(武器収集室).jpg

トルコの間
この部屋の天井と壁には、ウィーン製の手作りの刺繍が飾られています。
ペレシュ城(トルコ式の間).jpg

劇場
座席は60あり、ロイヤルボックスもあります。
ペレシュ城(映画館).jpg

写真はありませんが、図書室には本棚が秘密の階段への隠し扉となっているものがあります。
内部の見学後、全景を撮ることができる場所へ行きます。
ペレシュ城(全景).jpg

2007年09月10日

ルーマニア紀行:シナイア@ ペレシュ城

ブラショフから移動してきて、ランチをしてから観光をすると思います。
18世紀には、ブカレストの王侯貴族たちの別荘地でした。
現在は「カルパチアの真珠」と呼ばれているように、夏は避暑地として、冬はスキーリゾートとしてにぎわっています。

ペレシュ城
ルーマニアで最も豪華な城で、カロル1世が夏の離宮として建てたものです。
ルネッサンス、バロック、ロココ様式が取り入れられている、ドイツ・ルネッサンス様式の建物です。
正面には、カロス1世の像もあります。
ペレシュ城1.jpg

外観だけでなく、壁画にも注目してみましょう。
ペレシュ城2.jpg

城内専門ガイドと共に見学しますが、靴の上から足袋をつけないといけません。
日本語のガイドブックはありませんので、英語版を写真集代わりに買っても良いと思います。

2007年09月09日

ルーマニア紀行:ブラショフE 黒の教会

スファトゥルイ広場にある、高さ約65mのゴシック教会です。
1689年にハプスブルク軍の攻撃によって黒焦げになってしまったことから、「黒の教会」と呼ばれています。
黒の教会.jpg

教会の前にある黒の鉄柵の中には、フォンテールスの像があります。
黒の教会(フォンテールスの像).jpg

内部は撮影禁止のため、ここでは資料の写真を掲載しています。
中に入ると、4000本のパイプと4つの鍵盤をもつパイプオルガンがあります。
黒の教会(パイプオルガン).jpg

ここで有名なものは、『黒のマリア』です。
聖カテリーナ、聖母マリア、聖バルバラが描かれています。
教会が黒焦げになってしまった際、マリアもすすで黒くなってしまったということに、この名前が由来しています。
黒の教会(黒のマリア、聖カテリーナ、聖バルバラ).jpg

2007年09月08日

ルーマニア紀行:ブラショフD スファトゥルイ広場

バスでスケイ地区からスケイ門を通り、ここから徒歩観光をします。
スファトゥルイ広場からエロイオール大通りにかけて続くレプブリチ通りは、歩行者天国になっています。
広場からは、黒の教会が見えます。
スファトゥルイ広場から黒の教会を見る.jpg

また、広場から歴史博物館も見えます。
ツアーでは内部観光をすることはあまりないので、フリータイムの際に訪れてみましょう。
これは15世紀に建てられた旧市庁舎で、高さ約60mの見張り塔があります。
スファトゥルイ広場から歴史博物館を見る.jpg

2007年09月07日

ルーマニア紀行:ブラショフC 学校博物館

聖ニコラエ教会のすぐ横にあるのが、1760年に建てられたルーマニア語で最初に教育が行われた学校です。
学校博物館.jpg

ここには古い印刷機があり、これで印刷したものは有料ですが、良いお土産にもなります。
学校博物館(印刷機).jpg

これが印刷機で印刷した両面の写真で、表がこの学校の全景になっています。
学校博物館の印刷機で印刷した紙(表).jpg 学校博物館の印刷機で印刷した紙(裏).jpg

2007年09月06日

ルーマニア紀行:ブラショフB 聖ニコラエ教会

市内観光の順序は、ツアーによっても違うでしょうが、スケイ地区からスタートし、スケイ門をバスで通過して、旧市街へ移動します。

聖ニコラエ教会
スケイ地区にある、14世紀に建てられたルーマニア正教の教会です。
最初は木造でしたが、増改築をされて、現在の姿になりました。
ドイツ移民が入植した際、ルーマニア人はスケイ門から教会側に入ることは許されていませんでした。
聖ニコラエ教会.jpg

2007年09月05日

ルーマニア紀行:ブラショフA アロ・パラス

ブラショフはルーマニア第2の都市で、ヨーロッパで1番細い通り「糸通り」があります。
ドイツ人によって造られた町で、ハンガリー人とルーマニア人の3つの民族で発展してきました。
ルーマニア様式の建物も見ることができます。
ルーマニア様式の建物.jpg


アロ・パラス ★★★★
ブラショフで1番の高級ホテルで、中央公園が目の前にあるエロイロール大通りに面しています。
お部屋からは、左には標高865mのトゥンパ山、右には黒の教会歴史博物館など、旧市街を眺めることができます。
アロ・パラスから旧市街の眺め.jpg アロ・パラスから黒の教会と歴史博物館を見る.jpg

2007年09月04日

ルーマニア紀行:ブラショフ@ CASA SEOLU

トゥルチャの観光後、途中トイレ休憩やランチをしながらブラショフへ向かいます。

ランチの場所についてはツアーによって違いますが、CASA SEOLUというレストランを利用することがあるかもしれません。
ここは社会主義時代、幹部だけが利用していたレストランということです。
壁には狩りで捕まえた動物たちが、皮1枚の姿となって貼り付けられています。
イノシシのサラミイノシシステーキ羊や熊のソーセージなど、普段口にすることはない食材の料理で、音楽を聴きながらの食事となります。

高台にあるので、ここから田園風景を見下ろすことができます。
CASA SEOLUからの眺め.jpg

2007年09月03日

ルーマニア紀行:ブランA ブラン城

『吸血鬼ドラキュラ』のモデルとなった城で、ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェペシュ(串刺し公)の祖父が14世紀末に住んでいました。

吸血鬼ドラキュラ [DVD]


吸血鬼ドラキュラ [DVD]


2006年5月上旬に旧王族の末裔(王室)に返還されたため、足袋着用で見学となりました。
最近このブラン城の管理について変更があったと報道されたのでご存知の方もいるかもしれませんが、6000万ユーロ(約93億円)で売りに出されました。
持ち主が誰になっても、きちんと管理をし続けて欲しいものです。

内部は、カメラ料がかかります。
入口は昔鎖橋でしたが、火事で焼けてしまい、現在は階段になっています。
秘密の階段を上っていきますが、この秘密の階段は1人通るのがやっとというぐらい幅が狭く、映画の撮影にも使われたことがあります。
階段を上がったところでは、トランシルバニア焼きの青と白の陶器を見ることができます。
ブラン城(音楽の間).jpg

テラスからは、周囲の風景も見ることができます。
ブラン城(テラス).jpg

多くの部屋を見学することができますが、これは寝室です。
ブラン城(寝室).jpg

調度品では、金で覆われたテーブルセットもあります。
ブラン城(金のテーブルセット).jpg

テラスから下を見たときに、井戸があるのに気付くと思います。
中をのぞくと、水ではなくたくさんのお金が投げ込まれています。
ブラン城(井戸).jpg

また、城の入口の脇には村落博物館があります。
古い民家や風車などが展示されています。
ブラン城(村落博物館).jpg

城の前の駐車場にはお土産屋などがたくさんありますが、ここから見上げるような感じで、城の全景写真を撮ることができます。
ブラン城.jpg

2007年09月02日

ルーマニア紀行:ブラン@ ビラ・ブラン

ツアーでは、シナイアの観光後、ブランへ寄り、ブラショフへ向かうことが多いでしょう。
ブランで夕食を済ませてから、ブラショフへ向かうツアーもあります。

VILLA BRAN
ブラン城の観光後、馬車に乗ってレストランへ向かうこともあります。
馬車と言っても・・・言葉のイメージとはかなり違うと思いますので、現地で楽しみにして下さい。
木組みのレストランで、ここには馬や牛、羊、ロバなどが放牧されています。
ここから、ブラン城を眺めることもできます。
VILLA BRANからブラン城を見る.jpg

ここでは、ルーマニア音楽を聴きながら食事をすることができます。
VILLA BRAN(ルーマニア音楽).jpg


2007年09月01日

ルーマニア紀行:トゥルチャA 独立記念碑、歴史・考古学博物館

独立記念碑
丘の頂上にある、兵士と鷲が両脇にあるモニュメントです。
1877年に露土戦争が終わり、オスマントルコから解放されたことを記念しています。
独立記念碑.jpg

ここからは、ドナウデルタとトゥルチャの町並みを一望することができます。
独立記念碑からデルタを見る1.jpg 独立記念碑からデルタを見る2.jpg


歴史・考古学博物館
ツアーでは、内部見学することはあまりありません。
ここには、旧石器時代から中世までのものが展示されています。
歴史・考古学博物館.jpg

2007年08月31日

ルーマニア紀行:トゥルチャ@ ドナウデルタクルーズ

ドナウデルタの玄関口で、ドナウ川と黒海を結ぶ貿易港として栄えてきました。
ドナウデルタは、夏は暑くて雨が少なく、冬は北風が吹いて寒いという気候です。
ドナウデルタでは密漁が相次いだため、チョウザメの数が激減してしまったため、ここでのチョウザメの捕獲は禁止されたそうです。
しかし、キャビアは高価で取引できるため、まだ密漁をしている人もいるようです。


ドナウデルタクルーズ
ドナウ川は、ブルガリアに2/3流れています。
ドナウ川の分流であるキリア川、スリナ川、聖ゲオルギウス川とその支流がデルタを形成しています。
ヨーロッパ最後の秘境とも呼ばれていて、面積は東京都の約2倍の4300平方kmあります。
人の手が入っていない自然があるので、野鳥の天国ともなっています。
鳥は300種類以上、白鳥だけでも3万羽以上、魚は約110種類いると言われています。
ツアーによっては、レンジャーと共に、チャーター船に乗って出発します。
ドナウデルタクルーズ1.jpg

世界遺産に登録されている自然の中をクルーズしていくのですが、ツアーによってはこのような風景を見ながらランチをします。
ドナウデルタクルーズ2.jpg

ランチの後、小舟に乗り換えて、自然保護区を観光します。
ドナウデルタクルーズ3.jpg

運が良ければ、滅多に見ることができないモモイロペリカンが空を飛んでいるのを見ることもできます。
ドナウデルタクルーズ(モモイロペリカン)1.jpg

この自然保護区内には、3500組しかしないそうです。
ドナウデルタクルーズ(モモイロペリカン)2.jpg

他にも、様々な種類のサギやカモ、カワウなどたくさんの鳥を見ることができます。
特に木の上を見ていると、巣とヒナを見ることもできます。
ドナウデルタクルーズ(鳥の巣)1.jpg ドナウデルタクルーズ(鳥の巣)2.jpg

2007年08月30日

ルーマニア紀行:コンスタンツァB ジェノバの灯台

今日も昨日に引き続き、徒歩観光についてご紹介します。
ローマのモザイク博物館の後に訪れる、主な場所をご紹介します。


紀元前の城壁
紀元前の城壁.jpg


考古学博物館
内部は、カメラ料がかかります。
ルーマニア1のコレクションを誇る博物館で、ギリシア・ローマ時代のコレクションがたくさんあります。
たくさんある展示物の中で変わったものとしては、哺乳瓶があることです。
考古学博物館(コンスタンツァ).jpg


トミス主教教会とギリシア時代の住居跡
トミス主教教会とギリシア時代の住居跡.jpg


カジノ
チャウチェスク政権時代は、政府要人しか使用することができなかった建物でした。
現在は、レストランとなっていて、一般市民も利用することができます。
カジノ.jpg


ジェノバの灯台
13世紀に建てられたビザンチン時代のものですが、現在の姿は19世紀中頃に建てられたものです。
灯台の前には、ルーマニアの国民的詩人ミハイ・エミネスクの像があります。
ジェノバの灯台.jpg

2007年08月29日

ルーマニア紀行:コンスタンツァA 博物館

今日は、昨日に引き続いて徒歩観光についてご紹介します。
ローマから贈られた銅像の後に訪れる、主な場所をご紹介していきます。

民族博物館
ツアーでは入場観光をすることはあまりなく、外観の写真を撮るだけとなります。
民族博物館.jpg


石造りの建物
オスマントルコとの協定で、外から教会らしく見えないことが条件で、高さ3m以上の建物を造ってはいけないとありました。
また、馬に乗って建物を超えてはいけないとのルールもありました。
旧市街(石造りの建物).jpg


マフムード2世モスク
20世紀初めに建てられたイスラム教の寺院で、この地方に住む多くのトルコ人が造りました。
ツアーでは、外観の写真を撮るだけとなります。
マフムード2世モスク.jpg


歴史博物館
ツアーによっては、入場観光をします。
歴史博物館.jpg


ローマのモザイク博物館
考古学博物館に隣接している、保存のためにガラス張りの建物の中に展示されています。
この展示物は、工事中に発見されたものです。
ここには、世界最大規模と言われている床を飾るモザイクがあります。
内部は、カメラ料がかかります。
ローマのモザイク博物館.jpg

2007年08月28日

ルーマニア紀行:コンスタンツァ@ ローマから贈られた銅像

ブルガリアとルーマニアの周遊ツアーですと、バスでルーマニアへ入国し、最初の観光地コンスタンツァへ訪れることが多いと思います。

コンスタンツァは黒海に面した港湾都市で、ルーマニアの貨物の輸出入の半分以上を取り扱っています。
最初にギリシア人が入り、その後ローマ人が入った影響で、ギリシア時代やローマ時代の遺跡を見ることができます。
市内観光は、旧市街を歩いて、オビディウス広場へ向かいます。
オビディウスとは、紀元前1世紀の詩人です。

ローマから贈られた銅像
イタリアへ訪れたことがある方は、この像を見たら、イタリアで何度も見たことがあると気付かれると思います。
ローマやシエナでよく見かけますが、これは「双子に乳を与える牝狼」です。
ローマから贈られた銅像.jpg

2007年08月27日

ルーマニア紀行:ルーマニアの食事

ルーマニアはまだ多くの日本人が訪れていないので、それほど情報量が豊富ではないと思います。
ツアーでの食事で食べることができる代表的なものを、ここでご紹介します。
もちろん、ツアー内容によっては食べることができないかもしれません。
料理の味についてですが、比較的日本人の口に合うものが多いと思います。

ピーマンのライス・ミンチ詰め
どこの国の家庭料理でも、似たようなものがあります。
ピーマンの中に何が入っているかで、ずいぶん味も違ってきます。
ピーマンのライス・ミンチ詰め.jpg

ミティティ
ビーフの挽肉を丸めて焼いた、ルーマニアを代表する料理です。
ミティティ、ポテト.jpg

チョルパ・デ・パル・ウン・プイネ
ルーマニアではスープのことをチョルバと言い、中の具材によって、その後に続く名前が変わってきます。
パイ生地のフタを開けると、中にスープが入っています。
チョルバ・デ・パル・ウン・プイネ1.jpg チョルバ・デ・パル・ウン・プイネ2.jpg

ママリガ、サルマーレ
ママリガは、トウモロコシを粉状にして煮て、牛乳とバターを混ぜて練ったものです。
付け合せ料理として出されますが、多くはサワークリームを併せて食卓に出てきます。
サルマーレはルーマニア風ロールキャベツで、ポークの挽肉と玉ねぎ、米などを入れてキャベツで巻いた後、オーブンで焼きます。
サルマーレとママリガ.jpg

これがキャベツではなく、ブドウの葉で巻かれた料理もあります。
ママリガ、ロールキャベツ、ぶどうの葉包み.jpg

パプリカシチュー
この写真は、子牛肉ときのこが入ったものですが、チキンを入れたものもあります。
子牛肉ときのこのパプリカシシュー.jpg

サワークリーム入りきのこシチュー
日本ではなかなか見かけることはないような、変わったシチューです。
サワークリーム入りきのこシチュー.jpg

魚料理
ルーマニアでは魚料理は高級料理とされているので、ツアーでもあまり魚料理が多くないと思います。
これは、焼き魚料理(マス)ときのこのライスです。
マスときのこのライス.jpg

これはパーチのフィレンツェ風ほうれん草添えですが、どこがフィレンツェ風なのかは分かりません。
パーチのフィレンツェ風 ほうれん草添え.jpg

紅茶
お店にもよりますが、ティーカップではなく、ガラスのコップに入って出てくるところもあります・・・。
紅茶.jpg
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。