2007年08月26日

ヨルダン紀行:ペトラI エド・ディール

ペトラではエル・ハズネ周辺だけ観光するツアーが多いですが、半日フリータイムがあればエド・ディールまで足を延ばすことは可能です。

ちなみに、ビジターセンターからエル・ハズネまで2km、エル・ハズネからレストランまで2km、レストランからエド・ディールまで1kmあります。
特に最後のレストランからエド・ディールまでは800段の階段を上らなくてはいけなく、馬やロバタクシーがたくさん待機しています。
多くの人はがんばって、頂上を目指して上っています。
エル・ハズネからエド・ディールへ向かう途中.jpg

頂上には、エル・ハズネに似ているエド・ディールがあります。
エル・ハズネは神殿ですが、ここは修道院でした。
エド・ディール.jpg

次の国は・・・

2007年08月25日

ヨルダン紀行:ペトラH アロン山

エル・ハズネの観光後、半日フリータイムがあればエド・ディールまで行くことがあるかもしれません。
その途中、ビュー・ポイントがあります。
この写真の後方に見えているのが、アロン山です。
アロン山は、モーゼの兄アロンが昇天した場所です。
ビュー・ポイント(右後ろにアロン山).jpg


このビュー・ポイントの後方にはイスラエルがあり、イスラエルまで120kmとなっています。

2007年08月24日

ヨルダン紀行:ペトラG 列柱通り

王家の墓の前の道を歩くと、幅6mの列柱通りがあります。
列柱通り.jpg

列柱通りを歩いていくと、奥には凱旋門があります。
ここから振り返ると、遠くに王家の墓も見えます。
凱旋門(ペトラ).jpg

近くには、アメリカのブラウン大学が発見した大寺院があります。
エル・ハズネが彫られて造られた神殿に対し、ここは建てられた神殿です。
大寺院(ペトラ).jpg

2007年08月23日

ヨルダン紀行:ペトラF お墓

エル・ハズネから円形劇場へ向かう途中に、まず一般の人たちの墓を見ることができます。
これは、1家族1つのお墓です。
一般の人たちの墓.jpg

そして、円形劇場からローマ時代のメインストリートを歩くと、このような風景を見ることができます。
ローマ時代のメインストリート.jpg

見えてきているのは神殿ではなく、王家の墓です。
右から、アーンの墓シルクの墓宮殿の墓になります。
下の写真は、上の写真の右側部分の至近距離から撮ったものです。
写真左上の神殿のように見えるものは、アーンの墓(壺の墓)です。
王家の墓.jpg

2007年08月22日

ヨルダン紀行:ペトラE 神殿跡、円形劇場

神殿跡
ペトラの重要人物墓で、全部で6つあります。
段差があることから、「カラスの階段」とも言われています。
神殿跡(重要人物の墓).jpg


円形劇場
ナバティア人によって造られた2000人収容の円形劇場は、宗教行事に使用されました。
円形劇場跡2.jpg

ローマ時代には、舞台を付け加えて使用されました。
写真の中央下部分にある台は、動物の生贄台です。
円形劇場跡1.jpg

劇場前には、お店もあります。
円形劇場前の店.jpg

2007年08月21日

ヨルダン紀行:ペトラD エル・ハズネ

映画『インディー・ジョーンズ 最後の聖戦』の舞台になったので、この風景は見覚えがある方も多いと思います。
エル・ハズネ.jpg

インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 [DVD]


インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 [DVD]


建物の1番上にある壺の中に、宝物があるとベドゥイン達が信じていました。
そのため、多くの銃弾の跡が残っています。
しかし、何も出てきませんでした。

エル・ハズネとは「宝物殿」という意味ですが、ベドゥイン達が名付けたものです。
ここは紀元前1世紀の国王アレタス3世のお墓として建てられたもので、260ヶ所掘られた跡が残っています。
左右にあるへこみの跡は足場です。

現在建っている部分から8m掘り下げたら、最近アメリカの考古学者が地下部分を発見しました。
そのため、2階建てと思われていましたが、実際には3階建てと判明しました。
エル・ハズネ(最近発見された地下部分).jpg

彫られて造られたこの神殿を正面から見ると、左右に2羽にワシがいます。
下の左右は羽を持った馬で、魂を天国に運ぶためと言われています。
上にあるレリーフは、エジプトのアスワンにあるイシス神殿の女神です。
内部に入ると、何もありません。
エル・ハズネ(内部).jpg

2007年08月20日

ヨルダン紀行:ペトラC シーク

シークとは「狭い岩の裂け目」という意味で、馬車でシークを通ってエル・ハズネへ向かうことができます。
かつて大洪水が発生して、多くの観光客が犠牲になる事故もありました。
ツアーでは、馬車での移動が含まれていることが多いです。
シーク.jpg

しばらく馬車に乗っていると、岩と岩の隙間から、光るようにエル・ハズネが見えてきます。
シークからエル・ハズネを見る.jpg

逆に、エル・ハズネから今通ってきたシークを見ると、このような風景になります。
エル・ハズネからシークを見る.jpg

2007年08月19日

ヨルダン紀行:ペトラB 樹木とお土産

茶色の風景の中で、ここでは大きな樹木を2種類見ることができます。
どちらも観光中に見かけることができますので、探してみましょう。
まず1つは、樹齢450歳にもなる野生のピスタチオの木です。
ヒントは王家の墓の近くです。
450歳の野生のピスタチオの木.jpg

もう1つは、ニセコショウの木です。
ヒントは列柱通りの近くです。
列柱通り.jpg

また、観光中に立ち寄る場所として、砂ボトル細工の制作風景を見ることができる場所があります。
すべてのツアーで訪れるかは分かりませんが、訪れる確率が高いと思います。
砂ボトル細工.jpg

2007年08月18日

ヨルダン紀行:ペトラA ベドウィンの家

ペトラ遺跡はヨルダンで最初に世界遺産に登録され、多くの観光客が訪れています。
ヨルダン観光のハイライトだけあって、入場料もかなり高額です。
帽子やサングラス、頭に巻く布(スカーフや大きなハンカチなど)を準備して観光しましょう。

この辺りには1985年までベドゥイン達が住んでいましたが、政府が別の住居を提供したので、観光地になりました。
政府が提供したベドゥイン達の住居が、丘の上に建っているのを見ることができます。
現在のベドウィンの家.jpg

2007年08月17日

ヨルダン紀行:ペトラ@ モーベンピック・リゾート・ペトラ

アズラクからデザート・ハイウェイを利用してペトラへ移動することができますが、ちょうど中間地点辺りにあるカタラナでトイレ休憩をしながら向かうことになるでしょう。
世界第3位の埋蔵量を誇るリン鉱石の採掘場を見ながら、アズラクから所要時間約4時間かけての移動になります。

モーベンピック・リゾート・ペトラ ★★★★★
ペトラの入口がすぐ近くにあるので、観光にはとても便利です。
ホテル内のレストラン「アル・イワン」では、夕食のデザートに大きなチューリップのコーンに入ったアイスクリームが出てきます。
モーベンピック・ホテル「アル・イワン」(チューリップ型に入ったアイスクリーム).jpg

2007年08月16日

ヨルダン紀行:アンマン

ヨルダンの首都で、面積は日本の1/4の大きさで、そのうち80%が砂漠という国です。
日本からはどこかの都市で乗継をして、先代国王の第3王妃の名前がついているクイーン・アリア国際空港に到着します。
死海からアンマンへ向かう途中には、標高ゼロm地点を通過します。
石灰石の建物が多いので、白い街とも呼ばれています。
ローマと同じように7つの丘の上に街が造られましたが、現在では30の丘まで広がっています。
そして、丘の上にツアーでも利用するような高級ホテルがいくつも建っています。
最近起こったアンマンでの爆破事件の影響でホテルの警備が厳しくなり、手荷物の他にスーツケースの中まで調べるようになりました。


アンマン城
アンマンの旧市街が一望できて、ヨルダンの国旗が掲揚されている塔も見ることができます。
ドバイには125mの掲揚台があるのですが、こちらは1m高い126mあります。
ヨルダン国旗の塔.jpg

写真中央にローマ劇場がありますが、このローマ劇場は紀元前1世紀のもので、6000人収容できます。
他に見えるものとしては、アンマンのゼロ地点となっているキング・フセイン・モスクや、緑の中にある赤い屋根の王宮バスマン宮殿などがあります。
アンマン城からの眺め.jpg

また、紀元前3000に造られた洞窟もあります。
アンマン城(紀元前3000年に造られた洞窟).jpg

ここには2世紀のヘラクレス神殿跡があり、大きさは横25m、コリント様式の柱が13mあります。
昔は前に、大理石製の高さ9mのヘラクレスの像が立っていました。
アンマン城.jpg

アンマン城から歩いてすぐの場所に、国立考古学博物館があります。
この博物館の入口には、ヘラクレスの像の左手が展示されています。
建物内は、撮影禁止です。
アンマン城の博物館(ヘラクレスの指).jpg

2007年08月15日

ヨルダン紀行:ジェラシュF ホブス

遺跡を観光中、「復元図はどうですか?」と声をかけられることがあるかもしれません。
手書きで細かく描かれているのですが、内容は地図の他に、フォーラムゼウス神殿列柱通り南の円形劇場などがあります。
出来栄えはとても細部まで細かく描かれているので、おすすめできるものです。
金額は1US$なので、日本人にとってはたいした金額ではありませんが、現地の人にとっては大切なお金です。
ここではあえてその復元図を掲載しませんが、ここを訪れた記念に買っても損はありません。

観光後は、すぐにランチタイムになると思います。
グリーン・ヴァレーというレストランの入口では、ホブスというパンを釜で焼いている様子を見ることができます。
グリーン・ヴァレー(ホブスを焼いている).jpg

2007年08月14日

ヨルダン紀行:ジェラシュE 北門周辺

列柱通りを歩いて、ニンファエウムへ向かいます。
列柱通り.jpg

植物などの装飾がきれいで、手前には丸い洗礼盤があります。
教会跡.jpg

この後は、メインストリートのカルド通りから北門を見て、バス駐車場へ戻ります。
この写真には、左にはニンファエウム、奥に北門が入っています。
教会(左)北門(奥).jpg

2007年08月13日

ヨルダン紀行:ジェラシュD カテドラル

カテドラルには祭壇が2ヶ所あります。
カテドラル.jpg

カテドラルの下へ続く階段は、参拝用です。
カテドラル参拝用の階段.jpg

ここには3ヶ所の入口があり、ブロンズと木のドアがありました。
上には、アーチがありました。
ここの階段ですが、7段あって平らになり、まだ7段あって・・・という繰り返しなのですが、意味が分かっていません。
ここを降りた先には、VIP用のお店がありました。
3ヶ所の入口.jpg

2007年08月12日

ヨルダン紀行:ジェラシュC アルテミス神殿

高台に行くと、遺跡全体を見渡すことができます。
丘の上から全景を見る.jpg

列柱通りを歩きますが、南北800m続いているのがカルド通り、東西に走っているのがテクマノス通りです。

そして、高台にあるアルテミス神殿へ向かいます。
ジェラシュの主神アルテミスに捧げられた神殿で、大地震でも倒壊しませんでした。
アルテミス神殿2.jpg

キリスト教徒が教会として使用していたこともある、柱4本の建物があります。
重さ20tの柱が揺れていて、石に挟んだスプーンが動いていることからも分かります。
アルテミス神殿1.jpg

2007年08月11日

ヨルダン紀行:ジェラシュB フォーラム周辺

南門の見学後、イオニア式の列柱がある楕円形のフォーラムへ向かいます。
現在、7月に2週間音と芸術の祭り「ジェラシュ夏の芸術祭り」が行われています。
フォーラム.jpg

ここから高台を見ると、左にゼウス神殿、右に南の円形劇場があります。
南の円形劇場(右).jpg

ここには各国の考古学の研究グループが来ていますが、まだ町の80%は埋もれたままだと言われています。
南の円形劇場は4000人収容で、ローマ時代に造られたものです。
舞台を正面にして、左側がロイヤルボックスとなっていますが、これは夕日の関係でこの位置になりました。
座席にはシート番号がついていて、壁にある丸い穴は音響効果を良くするためのものです。
南の円形劇場1.jpg

タイミングが良いと、砂漠警備隊の演奏を見ることができますし、記念写真も撮ることができます。
南の円形劇場2.jpg

2007年08月10日

ヨルダン紀行:ジェラシュA 南門周辺

ハドリアヌスの門をくぐると、馬小屋があります。
馬小屋.jpg

この後ろには、楕円形のヒポドロームがあります。
ここで競馬や馬車競技が行われ、現在当時を再現したショーが行われています。
座席はオリジナルで、チケット代が必要になります。
ヒポドローム.jpg

そして、南門へ向かいます。
当時100の塔があった、3.5kmの城壁です。
当時は、フォーラムへ向かうなだらかな階段がありました。
南門.jpg

2007年08月09日

ヨルダン紀行:ジェラシュ@ ハドリアヌスの門

アンマンから北へヨルダンハイウェイを利用して、約1時間で到着します。
「東のポンペイ」と呼ばれている、ローマ時代の十都市同盟デカポリスの1つです。

駐車場から遺跡へ向かって歩くと、最初に見えるのがハドリアヌスの門(凱旋門)です。
ハドリアヌスの門1.jpg

この門をよく見ると、どこか間違っていることに気付くかもしれません。
大地震の際に修復されたのですが、間違って逆にしてしまったそうです。
写真中央にある、円柱の飾りが下にあるのが、その間違いです。
ハドリアヌスの門2.jpg

2007年08月08日

ヨルダン紀行:死海

ネボ山からは巡礼の道を通って、死海へ向かいます。

地球上で一番海抜が低い場所で、ここはマイナス394mです。
水温が温かいので、一年中プカプカ浮遊することができます。
死海は年々海水が減ってきていて、計算上ではあと50年でなくなってしまうと言われています。
死海1.jpg

そのため、あるロシア人の案で、塩分の濃度をうすめないために、アカバ湾から海水を引いてこようと計画があるそうです。
ここは塩分濃度が33%、普通の海水の約10倍の塩分を含んでいるので、生物が住むことはできない場所です。

入浴剤化粧品として販売されていますが、敏感肌の方は使用を避けたり、ここでの浮遊体験を見送るといったことも必要になってくると思います。
ツアーでは、ホテルでランチの後に浮遊体験をすることができます。
希望される方は、水着に着替えて、上手にバランスをとりながら浮遊してみましょう。
死海2.jpg

2007年08月07日

ヨルダン紀行:ワディラムB カザリ峡谷

カザリ峡谷へ向かいますが、途中の風景もゴツゴツした岩山が続きます。
カザリ峡谷へ向かう途中.jpg

カザリ峡谷では、このように細い隙間にある岩道を歩いて向かいます。
カザリ峡谷.jpg

チョコレートケーキのようだと言われている、高さ400mの岩山の横を歩きます。
この辺りには野生のイチジクが生えていますが、食べられません。
高さ400mの岩山.jpg

昔岩から染み出てきた雨水をためていた井戸を見ることができますが、現在は砂で埋もれてしまっています。
井戸が4ヶ所あり、深さが20mあったと言われています。
ここで、ナバティア人が水を売っていました。
昔雨水を貯めていた場所.jpg

ここでは、ナバティア人が描いた壁画を見ることもできます。
左の写真が「人間」、右の写真が「動物」です。
ナバティア人の壁画(人間).jpg ナバティア人の壁画(動物).jpg

2007年08月06日

ヨルダン紀行:ワディラムA 知恵の七柱

ワディラムに到着したら、4WDに乗り換えて観光をします。
ワディラム.jpg

「ロレンスの岩」と呼ばれている知恵の七柱で写真ストップをします。
木がある場所に、昔ロレンスの泉がありました。
木が生えている場所から、水が湧き出ています。
知恵の七柱.jpg

すぐ近くには、1300年代のコーランがあります。
1300年代のコーラン.jpg

映画『アラビアのロレンス』の撮影場所でも写真ストップをします。
地面に生えている低い草はベッドマンといい、ラクダのエサや火をともすのに利用されています。
映画『アラビアのローレンス』の撮影場所.jpg

2007年08月05日

ヨルダン紀行:ワディラム@ キングスハイウェイ

ペトラからバスで約1.5時間、キングスハイウェイを利用して向かいます。
このキングスハイウェイは、つい最近まで馬車がやっと通れる道でしたが、現在では舗装されて街灯もあります。
5000年の歴史がある道路で、イスラエルまで150kmも続いています。
移動途中、展望台からペトラの町並みやシークの入口、エド・ディールなどを見ることができるので、写真ストップに寄ることになるでしょう。
キングスハイウェイに面した展望台からペトラを見る.jpg


移動中、すれ違う車のナンバープレートを見てみると、いろいろな色のものを見かけることができると思います。
青はイラク、緑はヨルダンの大型車、白はヨルダンの小型車、オレンジはサウジアラビアとなっています。

2007年08月04日

ヨルダン紀行:ワディムーサ

ペトラのすぐ近くにある町で、ここにある有名なものとしてモーゼの泉があります。
このドームのような建物の中に、水が湧き出ています。
モーゼの泉2.jpg

モーゼが杖で岩を叩いて、泉を湧かせたと言われています。
モーゼの泉1.jpg

飲料水や灌漑用水として現在も利用されていて、その水に触れることができるようにもなっています。
訪れた記念として、ちょっと水に触れてみましょう。
この後の旅行のスケジュールに影響が出ないためにも、なめるのはちょっとだけにしてみましょう。

2007年08月03日

ヨルダン紀行:ネボ山B

石柱の向こう側にある緑の中には、モーゼの泉があります。
石柱とモーゼの泉.jpg

道なりに歩いて曲がるところには、鉄製のヘビがあります。
疫病が流行ったことから、建てられました。
鉄製のヘビ.jpg

そしてすぐ目の前には、フランシスコ修道会の教会があります。
フランシスコ修道会の教会.jpg

ビザンチン時代のモザイクの床があり、狩りの様子が描かれています。
教会内部のモザイクの床.jpg

2007年08月02日

ヨルダン紀行:ネボ山A

ヨハネパウロ2世の記念碑から先へ歩いていくと、モーゼの記念碑があります。
モーゼの記念碑.jpg

さらに歩いていくと、処刑台があります。
昔、手を伸ばした状態で処刑していたそうです。
処刑台.jpg

道なりに歩いて行くと、突き当たりにローマから持ってきた石柱があります。
ローマから持ってきた石柱.jpg

ここからは天気が良いと、いろいろなものを見ることができます。
この写真の左側には、イスラエルがあります。
左側がイスラエル.jpg

ここからエルサレムまでは46km、座標もありますので確認してみましょう。
ネボ山山頂にある座標.jpg

2007年08月01日

ヨルダン紀行:ネボ山@ ヨハネパウロ2世の記念碑

マダバ近郊にある、モーゼ終焉の地です。
ここでモーゼは、神との約束の地を見て、天へ召されていきました。

門を入ると、大きなモニュメントがあります。
1998年に、ヨルダン川で洗礼を受けた場所が発見されました。
それまで西岸で洗礼を受けたと思われていましたが、東岸だったと分かりました。
そのため、2000年3月にヨハネパウロ2世(前ローマ法王)が訪れ、この場所を洗礼したことから記念碑が建てられました。
ここは観光客が必ず記念写真を撮る場所なので、タイミングが悪いと大混雑しています。
訪れる人の多くは観光目的ではなく、キリスト教徒が宗教目的で訪れています。
ヨハネパウロ2世の記念碑.jpg

2007年07月31日

ヨルダン紀行:マダバA 聖ジョージ教会

ツアーでは、ビジターセンターから徒歩で向かいます。
ギリシャ正教の教会ですので、私達が一般的に目にする教会とは外観から違います。
分かりやすく説明すると、ギリシャ正教は正方形、一般的に目にする教会はラテン十字なので、長方形です。
他にも違いがありますが、とりあえず外観が違うということに注目してみましょう。
聖ジョージ教会1.jpg

中に入ると、柱にさまざま人物の絵が描かれています。
聖ジョージ教会2.jpg

そして、床に注目してみましょう。
マダバにはこれを見に来ると言っても過言ではない、とても貴重なものがあります。
それは542年にサルマノスがモザイクで描いた、古代パレスチナの地図です。
現在残っているのは半分の大きさ(縦5m、横10m)で、オリジナルは縦10m、横20mありました。
749年の大地震で教会の屋根が崩れてしまい、ダメージを受けてしまいました。
死海の水が塩辛いということから、魚が逆向きに泳いでいます。
他にも、エルサレムの町やシナイ山、ナイル川などが描かれています。
聖ジョージ教会(古代パレスチナ地図)1.jpg 聖ジョージ教会(古代パレスチナ地図)2.jpg

2007年07月30日

ヨルダン紀行:マダバ@ 聖ヴァージン教会跡

ペトラ方面からマダバへ移動する際、移動時間が長いので、途中トイレ休憩を1度します。
可能性が高い場所としては、カタラナという町近辺だと思います。
トイレ休憩をする場所には、死海グッズがお土産として売られています。
泥パックやしわ取り、美白用クリームなど、たくさん売られています。
ここから約1.5時間後に、マダバに到着します。
ビザンチン時代には多くの教会が建てられて、キリスト教の中心地となりました。
現在でも、人口の約半分はキリスト教徒です。

車窓からになりますが、聖ヴァージン教会跡を見ることができます。
ここには、マダバで最初に発見されたモザイクがあります。
聖ヴァージン教会跡.jpg

2007年07月29日

ヨルダン紀行:アカバ

ワディラムから約1時間、ペトラからは約2時間、ヨルダンで唯一海に面した場所で、リゾート地でもあります。
アカバ湾を挟んで、対岸にはイスラエルがあります。
アカバ湾は、エジプト、イスラエル、サウジアラビア、ヨルダンの4ヶ国の国境にもなっています。
天気が良ければ、エジプトのタバやイスラエルのエイラットが見えます。

船着場の近くには、高さ126mの世界1高い掲揚台があります。
写真を撮ろうとすると、このようにカメラを斜めにしないと入りません。
世界1高い掲揚台1.jpg

分かりづらいですが、ここには60m×30mのアラブ反乱軍の旗が翻っています。
世界1高い掲揚台2.jpg

海岸に沿って走っているコルニーシュ通りを歩いていても、この旗が写真に入ります。
コルニーシュ通り.jpg

また、トルコ軍が攻めてきたコンソアアルゴラーラ城跡があります。
コンソアアルゴラーラ城跡.jpg

スークもありますので、散策してみるのも良いでしょう。



2007年07月28日

ヨルダン紀行:アズラクC アムラ城

世界遺産に登録されているこの城は、710年にカリフのために建てられた宮殿です。
建物の外には深さ25mの井戸があり、ロバに引かせて滑車を上げ下げしました。
アムラ城(井戸).jpg

現在はありませんが、昔ここに川が流れていたので、床が大理石の浴場を造りました。
スペインのグループが修復作業をしましたが、ここにあるフレスコ画が1番状態が良いと言われています。
入浴する女性のフレスコ画と、作業をした人たちのフレスコ画があります。
アムラ城(入浴する女性のフレスコ画).jpg アムラ城(作業した人たちのフレスコ画).jpg

また、更衣室もあります。
アムラ城(更衣室).jpg

サウナの天井には、星座を表すフレスコ画もあります。
アムラ城(サウナ室の天井).jpg

2007年07月27日

ヨルダン紀行:アズラクB アズラク城

玄武岩でできている要塞で、入口の岩のドアは重さ2tあります。
アズラク城(入口).jpg

アラビアのロレンスが使用していたと書かれているレリーフもあります。
アズラク城(レリーフ).jpg

アカデミー賞受賞の映画『アラビアのロレンス』にもなっているのでご存知の方も多いと思いますが、ロレンスはイギリスのオックスフォード大学で考古学を専攻している学生でした。

アラビアのロレンス オリジナル復元版 [DVD]


アラビアのロレンス オリジナル復元版 [DVD]


2階は兵士が使用していましたが、昔モスクとして使用していた部分も残っています。

2007年07月26日

ヨルダン紀行:アズラクA ハラナ城

711年ウマイヤ朝のカリフ・アルワリード時代に建てられたと言われている、メッカへの巡礼者用の宿泊施設です。
ヨルダン国内には宿泊施設が25ヶ所あり、ここはそのうちの1つです。
最初は1階建てでしたが、後から2階部分を増築しました。
砂岩造り、1辺35mの正方形で、四隅に円柱があります。
ホテルとして建て替えられ、15年かけて修復されたたま、オリジナルが少なくなっています。
宿泊料金ですが、2階部分は高くなっています。
ハナラ城.jpg

入口の両側にいくつもの穴がありますが、これは空気孔です。
入口を入ると4つ部屋があり、貯蔵庫として使用されていました。
ハナラ城(入口).jpg

1階部分はオリジナルで、2階部分は修復箇所が多くなっていて、フレスコ画も残っています。
階段はオリジナルで、階段を上っていくと屋上にも行くことができます。
風がないということから、屋上は絶壁となっています。
足元には十分注意をして、写真を撮りましょう。
ハナラ城(屋上).jpg

2007年07月25日

ヨルダン紀行:アズラク@ デザート・ハイウェイ

アンマンからバスで約45分、人口25000人の砂漠の町です。
昔、ここは海だったので、塩がとれます。
また、デザートハイウェイが走っているので、このような道路標識を見ることができます。
写真ストップをすることもありますので、カメラはすぐに出せる場所に用意しておきましょう。
デザートハイウェイの標識.jpg


アズラク・レストハウス
アズラク城の近くにあるので、アズラク城の観光後にここでランチということがあります。
ここのメニューの1つに、「逆さま」という意味のマクルードというものがあります。
大きなお鍋で作ったマクルードを、目の前で実際にひっくり返すのを見せてくれます。
アズラク・レストハウス(マクルード).jpg
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